***清水雅広***

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私の永遠のヒーロー、アジノモトホンダの清水雅広選手です

片山選手、福田選手以降、世界を獲れるライダーと期待され、全日本でGPライダー並みのタイムを刻み

「世界」が遠い物ではないのでは?と関係者までもが本気になり、業界を大きく成長させて下さった

スーパーライダーです

当時のレースブーム?とドンピシャ(古い?)に重なり、87年に発売された市販NSR250は、前年の

マシンとカウル形状もそっくりで、多くのヤマハユーザーを浮気に走らせたものです

清水選手の圧倒的な走りで、全日本自体が大きく底上げされ、目覚しくタイムアップして行った時期

でした。その中でも、ヤマハの本間選手の成長は竹の子の様でした!!

チャンピオン獲得を決め、スポットでGP参戦、いきなり2位表彰台を獲得、鳥肌が立ちました、、

最終的には、マシン、タイヤとのマッチングが噛み合わず、優勝は出来ませんでしたが、タイヤ1本分

での2位、その他惜しい2位は何度もありました

GP最終年、ヒーロースポーツのスポンサーと、自己資金を持ち出し参戦しましたが、往年のカミソリの

様な走りはリザルトに刻まれませんでした、、

その頃日本人ライダーが沢山参戦して来ており、清水選手の頑張りが掻き消される様な状態でしたが、

私は密かにずっと応援していました

ヘルメットのデザインも、全日本時代からGP中期に掛けての平選手に似たカラーリングがとても

カッコよく、憧れていました!!

当時としては珍しい、逆配色?のカラーリングの画像を載せておきます

あれから20年、今でも筑波を逆ハングオンさせて、スタートからトップを快走、2位に通常のフォームの

本間選手が必死で追い付こうと距離をおいて写っている画像が思い出されます

だんだんとこのトップと2位の距離が縮まり、最終戦には歴史に残るサイドバイサイドのバトルまでに

本間選手は成長しました

小林選手と奥村選手、清水選手と本間選手、本間選手と岡田選手、岡田選手と原田選手、時代の名勝負

には、常に真剣勝負のライバルが存在するものですね、、

この時の「モーターランド」のビデオを持っていたのですが、残念ながら引越しで?捨ててしまい、

激しく後悔しています、、、(どなたか持っている方、ダビングさせて下さい)

当時のビデオは本当に皆無で、たまにヤフオクで出品されていますが、非常に高く、諦めます、、

どなたか80年代の全日本のビデオを持っていらっしゃる方がおりましたら、ご連絡お待ちしております

ちなみに私は93年から2000年までのビデオは全てコレクションしています!!

それ以降の物も沢山ありますが、90年代中盤のレース、特に125のレースは、手に汗握り、時には

一人でテレビの前で涙する事もあります、、

いつも通り話が脱線しましたが、清水選手は今、建築関係のお仕事をされて、順調にビジネスの世界

で成功されている様です

うーん、いつか元全日本ライダーを尋ねて、全国を行脚したいと考えています

さらに脱線すると、武石選手は車屋さんで立派に成功されているみたいです

http://autorimessaweb.jp/take.html

うーん、清水選手のワークスマシンのフロントフォークのアウターチューブに貼られているデイトナ

ステッカーってパーツ供給で貼れたのでしょうか?

それともスポンサーで貼ったのでしょうか?(どなたか知りませんか?)

この位置で幾ら位するのか気になります、、